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危急時遺言の概要

8月11日
読了時間: 6分

危急時遺言の概要

危急時遺言(ききゅうじいごん)とは、病気や事故、遭難などで死亡の危機が目前に迫っている場合に、例外的に認められる特別な方式の遺言です。日本の民法で定められている「特別方式の遺言(特別風致遺言)」の一種に分類されます。

自筆証書遺言や公正証書遺言などの「普通方式の遺言」を作成する時間的余裕がない状況において、遺言者の最終意思を保護することを目的としています。自筆での執筆や印鑑の押印が困難な状態であっても、口頭での伝達と証人の立会いによって作成できる点に大きな特徴があります。

主な特徴

危急時遺言には、緊急事態に対応するための特殊な性質と要件があります。

  • 手書きや押印が不要: 遺言者自身がペンをとって執筆したり、印鑑を押したりする必要がありません。口頭で遺言内容を伝える(口授する)ことで作成が進められます。

  • 公証人の出張を待たずに作成可能: 公証人が到着するのを待てないほど容態が急変している場合でも、条件を満たす証人を集めることで作成できます。

  • 成立後に家庭裁判所の「確認」が必須: 作成された遺言が本人の真意に基づいたものであるかを審査するため、事後に家庭裁判所の確認手続を経なければ法的効力を持ちません。

  • 生還した場合は失効する: 危急時遺言の作成後、遺言者が回復して普通方式の遺言を作成できる状態になってから「6ヶ月間」生存した場合は、その危急時遺言は自動的に効力を失います。

誤解されやすいポイント

危急時遺言は緊急時の救済措置ですが、法的な手続は極めて厳格であり、誤解されやすい注意点がいくつか存在します。

「口頭で言い残しただけ」では成立しません

遺言者がベッド脇の家族に「〇〇に家を譲る」と口頭で遺言を言い残しただけでは、危急時遺言として認められません。法律で定められた人数の証人が立ち会い、その場で内容を筆記し、署名・押印する手続が必要です。

作成すればそのまま有効になるわけではありません

危急時遺言は、作成後に速やかに家庭裁判所へ請求を行い、「確認(認可)」を得なければ無効となります。確認請求を行わないまま放置してしまうと、どれほど正確に作成されていても法的効力は発生しません。

単に高齢である・病気であるという理由だけでは利用できません

「病気療養中である」「高齢である」という理由だけでは不十分であり、客観的に見て「今まさに死亡の危険が迫っている(死亡の危急)」という緊迫した状況が存在しなければ、危急時遺言を作成することはできません。

法律的・専門的な解説(民法上の規定と成立要件)

危急時遺言は、対象となる状況に応じて主に「一般危急時遺言」と「難船危急時遺言」の2つに分類されます。ここでは最も一般的な「一般危急時遺言」の法的要件を中心に説明します。

1. 2種類の危急時遺言

  • 一般危急時遺言(民法第976条): 疾病その他の理由によって死亡の危機に迫った者が行う遺言。一般に病床や事故現場で行われるのはこの方式です。

  • 難船危急時遺言(民法第979条): 船舶や航空機が遭難した際、死亡の危機に迫った者が行う遺言。立会いが必要な証人の人数が2人以上に緩和されています。

2. 一般危急時遺言の成立要件(民法第976条1項)

一般危急時遺言が法的に成立するためには、以下の手続手順をすべて正確に踏む必要があります。

  1. 証人3人以上の立会い: 推定相続人や受遺者などの欠格事由に該当しない証人3人以上がその場に立ち会うこと。

  2. 遺言者の口授: 遺言者が証人のうちの1人に対して、遺言の趣旨を口頭で伝えること(※言葉を発することができない場合は、通訳や手話・首振り等の動作による伝達の可否について判例上厳格に判断されます)。

  3. 証人による筆記: 口述を受けた証人が、その内容を正確に紙に書き留めること。

  4. 読み聞かせ・閲覧: 筆記した証人が、その内容を遺言者および他の証人に読み聞かせ、または閲覧させて内容の正確性を確認させること。

  5. 証人全員の署名・押印: 各証人が筆記の正確性を承認した後、全員がその書面に署名し、印を押すこと。

3. 家庭裁判所の「確認手続」と「20日以内」の請求期限

一般危急時遺言が作成された場合、遺言の日から20日以内に、証人の1人または利害関係人(相続人など)から家庭裁判所に対して「遺言の確認」を請求しなければなりません(民法第976条2項)。

家庭裁判所は、遺言者が本当に死亡の危急に迫っていたか、また遺言が遺言者の真意に出たものであるか(証人の偽証や不正がないか)を慎重に審理・調査したうえで、確認の審判を下します。

4. 6ヶ月間の生存による失効(民法第983条)

遺言者が危機を脱して体調が回復し、自筆証書遺言や公正証書遺言といった「普通方式の遺言」を作成できる状態になった場合、その状態が継続して6ヶ月間経過した時点で、過去に作成した危急時遺言は失効します。これは、普通方式で改めて遺言を作成する機会が十分にあったとみなされるためです。

作成・手続の流れ

危機的状況下で危急時遺言を作成し、効力を発生させるまでの一般的な流れは以下の通りです。

1. 証人3人の確保と口授・筆記

病院の医師、看護師、医療相談員、または利害関係のない第三者などから証人3人を確保します。遺言者が口頭で意志を伝え、証人がそれを筆記して署名・押印します。

2. 家庭裁判所への確認請求(20日以内)

遺言作成から20日以内に、遺言者の家庭裁判所(管轄裁判所)へ「危急時遺言の確認申し立て」を行います。申立書とともに、作成した遺言書、遺言者の診断書(死亡の危急があったことを証明するもの)、戸籍謄本などを提出します。

3. 家庭裁判所による審理・認可

裁判官や家事審判官が証人や主治医への聞き取り・事情聴取を行い、真意に基づくものであると認められれば「確認」の審判が出されます。

4. (相続発生後)検認手続

遺言者が亡くなった後は、自筆証書遺言などと同様に、家庭裁判所で「検認」の手続を経てから実際の相続手続(預貯金解約や不動産登記など)に使用されることになります。

まとめ

危急時遺言は、死の危険が目前に迫った緊急事態において、遺言者の最終的な意思を残すために用意された法的な救済制度です。

自筆や押印が不要という柔軟性がある一方で、「証人3人以上の確保」「厳格な要件プロセス」「20日以内の家庭裁判所への確認請求」など、非常に制限が厳しく失敗のリスクも高い方式です。そのため、状況が許す限りは速やかに弁護士や司法書士などの専門家、あるいは公証人に相談し、可能な限り確実性の高い手続を選択することが推奨されます。

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